社外機関の研修のため京葉線直通の武蔵野線に乗っていた。年度に一度は通るコース。
社内の騒音を避けるため低音量ながらtouchで音楽を聴いていた。500曲強をランダム再生。いつものこと。
社内の騒音を避けるため低音量ながらtouchで音楽を聴いていた。500曲強をランダム再生。いつものこと。
南船橋に着こうかという時、米米CLUBの「すべてはホントでウソかもね」が流れ出した。それまで、周囲の雑音にも、touchからの曲に惑わされることもなくkindle読書に集中していたのだが、急に内容が入ってこなくなった。そんな難しい内容だったわけではない。
普段でも懐かしい曲を聴けば、言葉通り懐かしさを感じつつも、自分の中では割と世間に比べれば短いスパンで聴いているので、そこまでの懐かしさではない。お気に入りの曲であれば、ランダム再生の醍醐味を無視してもリピートさせてしまうくらいだ。
では何故今回、活字を読んでも内容が入って来なかったのか。「すべてはホントでウソかもね」に特に思い入れがあったわけではない。
単純に場所が影響したのだろう。件の場所は10代後半から20代前半の生活圏。高校の通学圏でもある。ちょうどその頃に毎日のように米米CLUBを好んで聴いていた。
単純に場所が影響したのだろう。件の場所は10代後半から20代前半の生活圏。高校の通学圏でもある。ちょうどその頃に毎日のように米米CLUBを好んで聴いていた。
思い入れのある曲で当時の記憶が蘇ることはよくあるだろうが、プラスしてドンピシャでなくとも場所まで重なると強烈に記憶が呼び覚まされるようだ。
逆に活用できればよい記憶術として活用できそうだ。
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